我慢は体に悪いので

なにを言うにも口数が多い

そのとき、どんな言葉で見送るだろう - ミュージカル「ゴースト」感想

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たまには履いてあげなくちゃ、と久しぶりに赤いピンヒールで出かけた先は日比谷。地下鉄の階段をあがるときに、左の踵の皮膚が痛む。ああ、ひりひりするなあ、絆創膏は持っていたっけ、と思いながら劇場への道を急いだ。

シアタークリエはやっぱり一番好きな劇場だ、としみじみ思いながら着席したのは9列目15番、ど真ん中センター。無骨な舞台セットの前にかかったスクリーンに、シンプルな「GHOST」のロゴが写っている。ああ、相変わらず見やすくて素敵だなあと喜んでフライヤーをめくる。ポスターから見る限り、カール(平間壮一くん)は悪者でサム(浦井健治さん)の死になんらかの形で関わっていたんだろうなぁとぼんやりと予想はしていた。キャストは少ないものだと思い込んでいたけど、意外とたくさんアンサンブルさんがいるんだな、と驚いていたら幕が開いた。

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「史上最高に格好いい平間壮一」なんて触れ込みをTwitterで見かけていたのもあって期待は壮ちゃん。いつ出てくるかなぁと思って待っていたら初っ端から出てきてくれました。

幕開きはハッピーなカップルが新しい生活を始める一歩から。ブルックリンに引っ越した2人がラブラブで歌い上げる「今ここで」。

あんまり浦井くんと秋元さんがちゅうするものだから目のやり場にこまって、(うわあ、これ推しだったらどんな気持ちで見ているんだろう…えっしかも秋元さんなんてAKBじゃん、そういえば男性のお客さんも多い気がする…)なんて少し気が散らしてしまってもったいないことしちゃった。

そんな幸せそうな2人を愛おしそうに見つめるカール。その目線はすこしさみしげで、てっきりわたしは(カールもモリーのことが好きなんだね、なんと切ない…)なんてとんだ勘違いをしてしまったものです。

タイトルからもなんとなくサムはなくなっちゃうんだろうな、と思っていたので最初のシーンから(この幸せがいつまで、どんなふうに続くのかな)という目線で観てしまった。もう少しただただ幸せに浸っていればよかった…。

場面変わって、カールとサムの仕事風景。ニューヨークの銀行なんてバチバチギラギラ、「もっともっと」と貪欲にどこまでも高みを目指す雰囲気を、曲調が、荒々しい歌声が、カールの目つきがそれを伝えてくれます。とにかくかっこよかった…壮ちゃんジャケット似合うね。紺のジャケットは好みが分かれるけど、とにかくかっこよく着こなしてくれて幸せでした。ポニーテールに大きな丸渕眼鏡が似合うキャリアウーマンが素敵すぎて憧れた。

幸せいっぱいのサムはぽわんぽわんとした仕事ぶりなのかなと思ったらそんなことはなく、きびきびと仕事をこなします。忙しいようでカールに一部仕事を依頼。これがカールの思惑だったのだが、打ち合わせ中に自分の口座に入っている「お金が多すぎる」と異変に気づくサム。じつはカールがサムの口座を使ってマネーロンダリング、ヤクザだかなんだかにお金を流すことで利益を得ようとしていたのでした。寸前でパスコードを変更することでカールの思惑を阻止したサムはそのままモリーとのデートに出かけます。

場面変わってシックなレストラン。展示会か何かを終えたモリーはその様子を嬉々としてサムに報告します。はじめてサムに「結婚したい」と伝えるモリー。えらい急だな!?って観ててびっくりしたけど、わかるわかるよって曲に聞き入った。言葉がなくてもわかるでしょ、いつも髪を撫でるこの手で、見つめる瞳で愛を伝えているよっていうサムと、たまには言葉で伝えてくれなきゃわかんないよ!っていうモリー。永遠のすれ違いだよね。映画ではおなじみらしい「Ditto」が初見だとわからずなんのこっちゃでした。このへん字幕もない舞台だとカバー難しい所あるよね。ネタバレにならず、しかしおなじみのものは伝える仕組みむずかしい。

そんなこんなで店を出ると暴漢に襲われるサム。銃を突きつけられ、財布を要求され躱そうとするサム。「早く渡して!」とモリーが叫ぶ。財布を床に置き、暴漢と距離を詰めるサム・・・は暴漢の銃を奪おうとするが暴漢も離さない。取っ組み合いになる中「逃げろ!」サムが呼びかけるも「誰か来て!」と助けを求めその場を去ろうとはしないモリー。緊迫した空気の中響き渡ったのは一発の銃声。倒れ込むサム、財布を手にその場を走り去る暴漢。「サム!」彼を抱き寄せるモリー。そこにもうひとり、呆然と自分の姿を見つめるサムがいた。サムはゴーストになってしまった。

ストレッチャーで病院に運ばれるサム。ゴーストになってしまったサムは、白い布を顔にかけたれた自分を目の前に必死でモリーに呼びかけ、彼女に触れようとするがどうしてもすり抜けてしまう。「死ぬには早すぎる!」彼の慟哭が胸に突き刺さる。霊安室から出ようとしてもドアノブは動かない。

「ドアは意外と簡単さ」サムに声をかけたのはハットを被った見知らぬ紳士。彼もゴーストだった。未練を抱えた魂は精神だけこの世に残ってしまうのだそうだ。霊安室モリーとカールが訪れ、彼に赤いバラの花を手向けていく。「僕がいるよ」とモリーの方を抱くカール。ああ、やはりカールはモリーのことが好きだったんだ、と勘違いするわたし。。

新居に戻り、いなくなったサムのことを惜しむカールとモリー。ゴーストとしてそこにいるのに、モリーになにも声をかけられないゴーストのサム。悲しむモリーを元気づけるために、少しだけ散歩にいこうとカールが誘う。「元気を出さなきゃ、死んだのは君じゃないんだから」励ますカールの頬を叩くモリー。気持ちの整理がつかないまま、2人は部屋を出た。一人取り残されたサムだったが、部屋に立ち入ろうとする人影を見つける。なんとそれはサムを撃った暴漢だった。なんとか部屋に入れないようドアを押さえるが、その手は虚しく空を切る。2人の部屋に入ってきた暴漢は急いで何かを探しているがゴーストに為す術はない。「ごめんなさいカール、今日はやっぱり帰るわ」「そうか、気をつけて」。まずい、モリーが帰ってくる!焦るサムは助けを求めるがその声は誰にも届かない。物音を察し部屋の隅に隠れる暴漢に気づくことなくモリーは帰ってきた。上着を脱ぎ、陶芸に向き合うモリー。集中しているモリーをよそに部屋を抜け出す暴漢を追いかけ、サムはドアの外に出ようとするが扉が閉まる。ああ、ちくしょう!

思い出すのは紳士の言葉。「ドアは意外と簡単さ」。ドアを開けるのではなく、サムはそっとドアをすり抜けて暴漢の姿を追う。自らの死の真相を突き止めようとするサムは、物体を動かせる地下鉄のヤンキーなゴーストに道を阻まれつつも、なんとか暴漢ウィリーの正体と居場所を突き止め、モリーに危険が迫っていることを知る。

場面変わって森公美子さんが演じる自称霊媒師、オダ・メイのもとを偶然訪れたサムは、彼女のイカサマ営業にチャチャを入れていたが、オダ・メイに自分の声が聞こえていることに気づき、脅しを仕掛けつつ家につれていくことに成功する。

暴漢とカールが地獄に連れて行かれるのを目の当たりにしたのち、サムは自分にも最後のときが来たことを感じた。オダ・メイの身体を借りてモリーと最後のハグをしたサムは、ゴーストの自分が見えるようになったモリーにはじめて「愛しているよ」と告げる。「わたしもよ」と返すモリー。幸せそうな表情で、高く長い階段を登っていくサムの姿を見ながら舞台の幕が降りる。

サムとモリーはとても幸運なカップルだったと思う。もちろん、若くして命を落としてしまったサムにそんな表現は適切ではないかもしれないが、それでも、もう一度モリーに自分の言葉を伝えられたというその一点のみにおいて、サムは誰よりも恵まれていた。本当は、なんて言い添えるのも野暮だけど、ゴーストとして戻ってこない限り、モリーはどうしてもサムのことを信じられずにいただろう。オダ・メイがはじめてモリーに会いに来たとき、彼女の口を借りてサムが告げた「愛しているよ」を受け入れることなく「彼がそんなこと言うはずない!」と断言したのだから。

もし、自分が、不慮の事故で今日死んだとしたら。家族に、会いたい人に二度と会えなくなるとしたら。なんと言葉をかけるだろうか。